境界を蕩かす携帯端末

2007年正月の発売リリースの時に某連載コラムで書いて以来、ずっと気になっていたアレが、とうとう日本でも明日発売である。


業界内では
「ヤバい、ヤバすぎる」
(いい意味で)というものから
「前評判ほど売れないんじゃないか」
というものまで反応様々であるが、少なくとも、ひとつの携帯電話機種の発売がここまで話題になるのは初めてだろう。
業界の人たちはもちろん、マクドナルドで100円パンをかじる高校生が、日中電車でお出かけする主婦どうしが、ヤニで黄ばんだ喫煙ルームの中の中年管理職もが「iPhoneって…」と語っていると聞く。


明日の発売日には朝7時から表参道のソフトバンクショップで先行販売が開始される。
朝のニュースには前夜からの大行列や、晴れて端末を手にしてほくほくする若者たちの姿が映し出されることだろう。
(取材プレスの受付は朝5時30分開始だという。朝のニュース番組進行に合わせた仕切りになっているところが戦略的)
ますます話題が高まること必至だ。


メディアでは
「iPhone3Gは、日本のモバイル市場にどれだけの衝撃を与えるのか?」
というコメントがあふれるだろう。


日本のモバイル業界、とくに携帯電話関係者は
「売れに売れたところで、せいぜい数%のシェア。大局は変わらない」
と言いそうだし、モバイルに縁の浅いメディア評論家は反対に
「日本の携帯電話会社が築いてきた独自モデル崩壊の第一章。ゆくゆくモバイルサイトというものが必要がなくなるだろう」
なんて言うかもしれない。


そうそう、結果的に大きな衝撃を与えるのは間違いないと思う。しかし
iPhone vs. その他の既存ケータイでの勝ち負け」とか
「iPhone3Gはモバイルに新しいページを作ったか否か?」
という評価は難しいと思う。


場をひっかき回すだけひっかき回すが、直接的な影響・効果は限定的。
それでいて騒動の後には当初だれも予想していなかった宝物を場に残す……と予想したい。
iPhoneこそ「トリックスター」と呼ぶにふさわしい。

トリックスター
秩序と混沌、文化と自然、善と悪など対立する二世界の間を行き来し、知恵と策略をもって新しい状況を生みだす媒介者。
出典:はてなダイアリーキーワードトリックスターとは

iPhoneは、実際、モバイルの世界にある「あっち」と「こっち」の境界を蕩(とろ)かす存在なのである。


  • 「一般人」と「マニア」との境界を蕩かす

iPodを持っている人は多いが、Macユーザーは「マニア」扱いされている現状。
それではiPhoneユーザーはどうなるのか?
発売当初は新しいモノ好き、マニアックなMacユーザーが手にするにちがいない。
しかしその後はiPodのような「ごく普通のデバイス」になってゆくだろう。
iPhoneが「iPod」の拡張製品であることは「iPod Touch」という布石によって明示されている。
普通のケータイと同様の「一般向け商品」だという刷り込みはかなりされていると思う。

iPhoneはケータイだろうか? スマートフォンだろうか?
ネイティブアプリによるカスタマイズが可能でフルブラウザを実装している、という点では間違いなくスマートフォンに分類されるが、プッシュメールやアプリボタンの並ぶデスクトップ、GPSや加速度センサーの実装は実にケータイ的である。
おそらく世界のユーザーにとって驚きを持って迎えられるであろうこれらマニアックなシカケであるが、日本のケータイ利用者には、ふつうですが、何か? だ。
スマートフォンは日本のケータイユーザーの利用習慣に合わない(から普及しない)」
と言われるが、ことiPhone3Gでは、それほどギャップを感じないのではないか。

  • 「ケータイビジネス」と「Webビジネス」との境界を蕩かす

「ケータイの特徴はキャリアによる課金コンテンツビジネスができること」と言われてきた。
今回、iPhone 3G発売に合わせてアプリケーション販売のプラットフォーム「App Store」がアップルによって立ち上げられる。
キャリア課金のしくみはない。しかし、メーカーによる課金プラットフォームが誕生しているのである。アプリ販売者には一定の審査条件を課すなど、どこかで見たことのあるしくみだ。
(一方、ダウンロード時課金制であり、i-modeのような月額定額課金ビジネスはできない。
 またアプリの決済はiTunesのしくみを利用するというから、通話料とは別徴収のうようだ…。未確認)。
にわかにケータイ企業がアップルのSDKを入手して慣れないアプリ開発に取り組み、
Webビジネスサイドの企業がケータイ的課金販売モデルに乗っかろうと必死になっている。

  • 「日本独自」と「世界標準」との境界を蕩かす

世界標準の携帯端末は、基本的にSIMフリーであり、通話料金収益で新規端末販売リベート原資を作るなど言語道断、というのが昨年総務省が音頭取りした「モバイルビジネス研究会」の見解であった。
しかしiPhoneGSM版からSIMロックを導入しており(一部フリーで販売しているエリアもある)、当然日本でのiPhone3GもSIMロックがかかっている。
また、アップルが3Gから導入した販売方法が事実上「奨励金」の復活ではないか、と指摘されている。
ガラパゴス」と日本のモバイル端末メーカーを揶揄したモバイルビジネス研究会の委員たちは苦笑して見ているのではないだろうか。


こんなにもわくわくするトリックスターに、実際、この数週間というもの、業界はひっかき回されっぱなしだ。
ほんの数週間の間に「App Store」での企画やビジネスを大至急検討し、開発まで漕ぎつけたというスゴい方も近くにいて、それはそれで刺激的。
App Storeというプラットフォームがそのまま海外進出への足がかりになると考えている企業も多い(あ、うちのことですね・・・)。


iPhone 3Gをめぐるひと騒ぎの間に、日本のケータイビジネスは新しい「なにか」を手に入れるように思う。
そんな期待でいっぱいなのだ。


さてさて、発売まであと9時間あまり。。。。。


[参考サイト]
め〜んずスタジオ ←【iPhone 3Gまとめ】シリーズ