TGCよ、永遠に。

前職の同僚であるMさん、Nくんと恵比寿で会食。

Nくんはあの「Tokyo Girls Collection」のプロデューサーである。

TGCの今回のメインスポンサーがTOYOTAさんと聞き、感動。
そういえば前職時代からアプローチしてたものだ…。


ちょっと「なつかしい昔話」になってしまうが、ネットの隅っこに書いておきたい


スポンサードのファッションショー×ケータイ通販×クロスメディアの取り組みは、2001年夏にi-mode公式サイト「F-mode」がスタートさせたイベントが日本初だ。
渋谷AXで産声を上げた。記念すべき1回目のスポンサーはJ-Phone(渋谷AXは代々木体育館のすぐ隣。クロスメディアファッションショーの産土神明治神宮だ)、運営会社はリクルートの子会社であるメディアファクトリー
イベントは当時ケータイサイト運営をしていた同社「F-modeグループ」のリーダー・一川氏が企画したものである。

いまでこそTGCだけでなく、似たようなイベントがあちこちで開催されているが

「ケータイの小さな画面でしか洋服を見られないユーザーに、ショーとして演出したファッションショーを見せてあげたい。映画やお芝居、ライブを見るような感覚でファッションショーを見られるようにしたいんだ」

という熱意のもと、反対する会社をなだめすかしながらものすごい推進力で開催にこぎ着けた。
あの一川氏のアイデアがなければ、きっとTGCのようなスタイルのファッションショーは生まれなかっただろう。
「ゼロから1を作るのはめちゃくちゃ難しい。しかし、だからこそやりがいがある」
と話をしていたのを思い出す。


2002年秋にエフモードはスピンアウトして独立するのだが、2004年秋の「LIVE F*mode 2005 S/S」(google:LIVE F*mode)までトータルで8回のイベントを実施した。
Yahoo!BBTOSHIBAMAZDA、KOSE、松下電工Panasonic…と、錚々たるナショナルクライアントのスポンサリングを頂きながら、スポンサリング企業のブースさえもイベント演出とするスタイルへと進化して行った。
スピンアウト後、広告部門の責任者だった頃、当然のようにTOYOTAさんにもアプローチした。
広告チームには女性チーフの永谷さん、新人営業のNくんの顔があった。
イベント集客は回を追うたびに増えていった。


ところが2004年の夏、エフモード社の経営陣が突然、全員退任する。
結果的にラスト・イベントとなった2004年の秋イベントは、それまで広告プロデューサーとして活躍してきた永谷亜矢子さん(現在TGCのチーフプロデューサー)が陣頭指揮を執ることになった。
イベントプロデュースの経験のない彼女も、また周囲も緊張したが、結果的にこのイベントは見事な成功を納める。
そして、イベント終了後に永谷さんもまたF*modeを去っていった。

イベントの直後、タクシーの中で彼女が遠い目をしながらも瞳を輝かせながら、こんな風に話しているのを憶えている。

「わたし、わかりました。 
 こういう(イベントプロデューサーの)仕事って、自分にはできないかもとか思ってたんですけど…。
 すごく向いてるっていうか、これだ、って感じがしたんですよ。
 わたし、こっちの仕事をして行きたいんだなってわかった。
 この先、どうなってゆくかまだ決まってないですけど…、
 たぶん、イベントプロデュースの仕事を続けてゆくと思います」


…昔話は以上だ。


その後、ゼイヴェルさんに転職した永谷さんが言葉通りの道を歩み、大浜さんと日本を代表するようなイベントに育てていったのは、あちこちのメディアで報じられている通りである(google:永谷亜矢子)。昨年は日経WOMAN OF THE YEARも受賞したという。喝采を送るしかない。
(昨日は「世界バリバリバリュー」にも出演していたとか?!)


一時は広告部でふてくされていた様子だったNくんも(笑)、ゼイヴェルグループで活躍して一回りも二回りも大きくなってる。

場は人を育てる。
そして、ピンチも、じつは人を大きく育てる。


ちょっとセンチメンタルな気持ちになりつつ、わが社も大きなチャレンジを続けていかなくちゃな、と思った。
感心してばっかりいられないなー。